美しい日々(aloha入間センター vol.93)

みなさん、こんにちは😊

行く年を惜しみつつ

来る年を指折り数える

年の暮れとなりました。

お変わりなくお過ごしでしょうか。

ある日の送迎時

富士山がとても美しくそびえている姿を

目にすることができました。

利用者様と

「なんてキレイなんだぁ!」と

感動していたのです。

その時、ふとある疑問が…

利用者様と

「あんな遠くにある富士山が見えるのは

富士山がスゴいのか?

それとも私たちの目がスゴいのか?」

うーん…

分からない…

さらに考える私たち

「富士山に限らず、空に瞬く星たちはもっと遠くにあるのに見えるよ!」

「なら、それが見えている目がスゴいのか?」

うーーん…

そうなのか?

「もう仕方ない!ここは私たちの目がスゴい!ってことにしておこう!!」

でも…まだ考える…

「そもそもなんで見えるんだ?」

あぁ…もっと勉強しておけばよかった…

そうこうしている内に

事業所に到着。

この話はここで終了したのであった…

不思議なもので

そのような話をしてしばらく

ある漫画を読んでいると

“人は物を眼球で見ているのでなく

脳の後部の視覚野を通して

脳全体で見ている”

と、書いてあるではありませんか!

欲しかった情報が

あちらからやってきました。

“視覚野”とは…

なんか聞いたことがあるような…

難しい文献などは

ちんぷんかんぷんなので

ネット検索をし

私でもなんとなく分かる記事を

見つけました。

そこには

人間は目で物を見ていない

目というのは、網膜に映った像が一次視覚野という、脳みそのうしろあたりに来る。位置関係もそのままで来る。ところが、一次視覚野に入ってくる網膜からの入力は1割程度。あとの9割は脳の他の部分から来る。

人間は脳で見ている

寝ているときの夢は、目からの入力がないのに見える。頭の中の像だけであれだけはっきり見える。

なんてスゴいんでしょう!

私たちの脳というのは…

ここで読んでいた漫画の話に戻ります。

ある人の頭の中の映像を見るという内容なのですが

とても興味深い話でした。

漫画の話なので鵜呑みには出来ないですが

そうであるなら…と

考えさせられる内容でした。

では、その一部を。

とある人の脳にある記憶を映像として画面に写し出すのですが

他の人が見ている人物や物の印象と

その人の見ている人物や物の印象が

全く違うという。

それは何故か?

前述しましたが、

『脳で見ている』からです。

私たちの経験してきたものや感情などに

影響されるので

私たちは同じものを見ても

見え方がそれぞれ違うという内容でした。

それを踏まえて話を続けます。

始めに話した利用者様との会話

「なんてキレイな富士山なんだ!」ですが、

同じように『キレイだ』とありますが

それぞれの『キレイ』は違うのです。

ただ言えることは

お互いにその瞬間、私たちが見た富士山は

『キレイだった』ということです。

どちらかの精神や気持ちが

落ち込んでいたりすると

このようには見えていなかった。

それはとても素晴らしいことであると!

職員と利用者様が

このように一緒に『キレイだ』と共有できる

幸せな日々があるということ。

利用者様がもっとそのように”見える”日が

増えることを望みます。

もし、漫画のように誰かに私たちの脳が見られることがあったとして

その映像が全て

美しくキレイであれば

なんて幸せなことでしょうか。

今年も残り僅かとなりました。

とても幸せな日々を送れていることに気付けた

年の瀬なのでありました。